福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
「文人画」という概念が、いつ、どのように成立したのか。本書は、近年中国でも疑問が呈されているこの問題について、中国絵画史と国画の軸をなす「文人画」概念が、明代の董其昌(「文人之画」)からというより、1920年前後からの日中の研究者・文化人の相互交流と、辛亥革命後の中国が新たなアイデンティティーを索める中で成立した近代の概念だったこと(第1部)。それが以後の中華民国、中華人民共和国での「中国絵画史」(第2部)、「国画」(第3部)を編成したことを明らかにした画期的な書となっている。2022年度の東京芸術大学博士論文に基づく本書は、次の3部構成からなる。
序章
第1部 「文人画」概念の生成
第1章 日本における「文人画」概念の生成
第2章 中華民国における「文人画」概念の形成と展開
第2部 「中国絵画史」における「文人画」の系譜
第3章 「文人画」概念による「中国絵画史」の形成
第4章 明清の個性派画家 ―「文人画」系譜への編入
第5章 「文人画」絵画史の正統化―故宮コレクションを中心に
第3部 「文人画」の表象 ― 国画制作における新「文人画」と「新文人画」
第6章 新「文人画」の理想構図 ― 1930年代における黄山主題の「国画」制作
第7章 新「文人画」主題の黄山・黄山松―民国ナショナリズム期と1949年以後の国画
第8章 1989年以後の「新文人画」― 現代中国における伝統の意義
終章
日本では歴史的に宋元絵画を中国絵画の古典、北宗画院系を中国絵画の正統と考え、江戸期に伝来した明清絵画は南宗画・南画・文人画として不分明に捉えてきた。ところが辛亥革命前後から日本に流入した新渡りの中国美術、とくに清朝遺民の羅振玉の中国絵画コレクションが「南宗画」を中国絵画の正統としていたことは、日本の中国絵画観に大きな衝撃を与えた。それは既存の「南画」「南宗画」「文人画」とも異なっていたため、そのギャップを埋めるべく大村西崖・瀧精一らが「文人画」概念を再編、再規定したとする。一方中国でもほぼ同時期、まず既存の体制(正統)絵画を批判する語として「文人画」が登場したが(フェノロサ『東亜美術史綱』の翻訳)、それを擁護した陳師曽らの「文人画」の概念が、「国画」をまきこむ形で「南宗画」「士夫画」に代わる近代概念として普及したとする。
1930年代にその過去への投射として始まった「中国絵画史」の形成では、革命後の左派・右派・中間派のイデオロギー闘争の中で、滕固らの「文人画」絵画史が以後につながるという。そこで明清の個性派画家が「文人画」系譜に編入されたのには、上海の劉海粟ら国画家・研究者と、内藤湖南・青木正児ら京都学派との交流が影響したとする。また戦前・戦後の国画は、民国期の象徴的主題の黄山が戦後の人民共和国にも継承される一方、「文人」・「人民」概念の緊張感をおびた微妙な関係が展開したようにみえる。
本書を読んで感じさせられるのは、20世紀の中国がいかに激動の時代だったかである。そこでの複雑な理論、学史、国画の展開を、中国国内、近代日本、欧米との交流史上に読み解いた本書のヴィジョンは、グローバル化時代の良質な研究成果といえる。同時に、なおも現在進行形に見えるそれらの変化は、中国美術史と関係づけて自国の美術史を論じてきた周辺国への影響も予感させる。
(文・佐藤道信 東京藝術大学名誉教授)
| 著者・編者・監修 | 李趙雪 |
|---|---|
| 判型 | A5判 |
| ページ数 | 544頁 |
| 定価 | 10,000 円+税 |
| ISBN | 9784585370260 |
| 発行日 | 2026年3月31日 |
| 出版社 | 勉誠社 |